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背筋も凍る悲劇はなぜ起きた?「あのとき、大川小学校で何が起きたのか」
2013/08/11(日) 00:31:54

「あのとき、大川小学校で何が起きたのか」(池上正樹、加藤順子)を読んだ。

あのとき、大川小学校で何が起きたのか
あのとき、大川小学校で何が起きたのか




宮城県石巻市の大石小学校は、東日本大震災の津波によって全校児童104人のうち70人が死亡、4人が行方不明となった。津波が来る前に保護者が迎えに来た児童もいるので、学校に残ったうちのは78人。そのうち生還できたのは4人にとどまった。本書はこの悲劇に対して、関係者への丹念な取材を元に原因の解明を試みるものである。

しかし、原因の完全究明にはまだまだ遠い。石巻市の教育委員会や学校側の証言に矛盾や落ち度が数多くあるせいである。これらは、著者らが繰り返し情報開示請求を続けた結果判明した。


地震当日、柏葉照幸校長は年休を取り不在であった。当時学校にいて生還した唯一の教員であるA教諭は、2011年7月以降は公の場に出なくなった。あの日何が起きたのかを語れる重要人物であるはずのA教諭であるが、著者らが市教育委員会を通じて取材を申し込んでも「通院先の主治医から面会の許可が出ない」という理由で拒否され続けている。教諭が何の病気で休んでいるのか不明なのに、校長や教頭も市教育委員会も面会できない、らしい。これは誰かが「主治医」なるものをでっち上げて、面会をさせないようにしているのではないかと疑ってしまう。……と思ったら、実は2011年11月に校長がA教諭に個人的に面会していたことが本書の発行後に明らかになった。どう考えてもおかしな話だ。

この他にも、不審な点は枚挙にいとまがない。生き残った児童に対して当時の状況を聞き取ったところ、「山に逃げよう」と言った児童が何人かいたことが分かった。児童がそのように証言したにもかかわらず、聞き取り報告書からこの話は抜け落ちている。


また、2011年3月16日(地震の5日後)には柏葉校長が市教育委員会に対して「これまで釜谷地区に津波が来なかったので油断?」「校庭避難、引き渡し中に津波」「屋根をこえて津波」と報告していた。しかしこれが遺族らに初めて明らかになったのは、それから1年以上あとの2012年5月18日のことである。それも、情報開示請求に応じて初めて発表された情報であった。これに関して教育委員会は「資料隠し」を否定している。
(4章66ページ、5章80、6章92ページ)

さらに、児童たちの避難開始時刻も説明が二転三転してきた。最初の説明では避難開始時刻は3時25分(津波が来る約11分前)であった。筆者は付近住民や目撃者に対して緻密な聞き取り調査を行ない、その矛盾を追求していく。その結果、真の避難開始時刻は3時35分頃(津波の約1分前)であることを突き止めた。



以下は、2011年3月14日の朝早くの様子について、犠牲となった児童の家族が語った内容である。


通称、三角地帯と呼ばれる、国道と県道の交差点のあたりには、遺体がいっぱい並んでいた。
(中略)
「あの光景は、何て言ったらいいんだろう。泥だらけの子どもたちが、並んでいるわけですよ。彫刻みたいな、模型みたいな物が並んでいるとしか思えない。近くに寄ってみると、みんな知っている子じゃないですか。だって、(集合写真を示しながら)この子もこの子もこの子も……信じらんねぇよ……」




三角地帯は、当時の教師や児童たちが避難しようとした目的地である。一行が三角地帯に着かないうちに、人々も、三角地帯も、校舎も、津波に呑まれた。あの日の避難の目的地だった場所が、3日後に遺体が並ぶ場所だったこと。あの日辿りつけなかった三角地帯に到達できたのは、亡骸になった後であったこと。そのことを考えると、慄然として背筋が寒くなった。


本書はダイヤモンド・オンラインの連載である大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~を再構成し加筆したものである。本書の内容の多くについてはこの連載中に公開されているので、興味のある人には読んでほしい。

例えば、この2年間の概略については以下の記事にまとまっている。大川小学校に関する話を短時間で把握したい人にとっては格好の記事である。“ヤンキー先生”の訪問で入り混じる期待と不安 苦悩し続けた「大川小遺族の2年」を振り返る|大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~|ダイヤモンド・オンライン



校庭に待機していた時間は約50分。校庭から移動した時間は約1分。
いったいなぜ、40秒ほどで登れる裏山のシイタケ栽培している辺りに避難しようと思わなかったのか。
なぜ、スクールバスを使おうとしなかったのか。なぜ、北上川の堤防上の三角地帯を目指すことになったのか。
なぜ、県道からではなく、釜谷交流会館裏の駐車場を通って民家の裏から逃げようと思ったのか。
それらの“なぜ”は、今も謎のままだ。
(293~294ページ)

テーマ:読んだ本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2013/08/11(日) 00:31:54|
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